10月9日~10月12日の給食

 10月12日の献立は、コッペパン、牛乳、焼きそば、たこナゲット、大根としめじの中華スープです。コッペパンはアメリカで修行し、アメリカ式製パン法の普及に尽力した田辺玄平が大正8年に日本陸軍へ納入するために開発した、食パン生地を使った小型パンで、これがコッペパンの元祖といわれています。その後、第二次世界大戦が終わり、学校給食が再開されるとコッペパンが献立の主食を担い、戦後の食糧難の時代を支えました。現在はご飯が中心になり、パンは週1回くらいになったうえ、食パンやバターロールパン、はちみつパンなどパンの種類も増えたため、昔に比べてコッペパンの登場回数は減っています。 今日はコッペパンに焼きそばをはさみ、焼きそばパンにして食べました。

 10月11日の献立は、ごはん、牛乳、あじの塩麹焼き、もやしとにらのおひたし、肉じゃがです。あじはからだの色が銀白色や黄色、黒色が強いものなど、種類によっていろいろです。岸の近くにいる「あじ」は黄色っぽく、沖合にいる「あじ」は銀白色のものが多いようです。沖合にいる「あじ」が背が暗い緑色や灰色、腹が銀白色なのは、空から見ると海の色に同化して鳥に見つかりにくく、海の中で下から見ると海面の白さに溶け込んで、ほかの魚に見つかりにくく、自分の身を守っているためなのです。また、エラから尾びれにかけて「ゼイゴ」というかたいうろこの列がありますが、これは「あじ」の仲間だけの特徴です。今日は「あじ」を塩麴に漬け込んで焼きました。

 10月10日の献立はオムライス、牛乳、コンソメスープです。オムライスは日本で生まれた洋食で、発祥の店といわれる店はたくさんありますが、東京銀座の「煉瓦亭」や大阪心斎橋の「北極星」が有名なようです。「煉瓦亭のオムライス」は、明治33年に卵に白飯や具を混ぜて焼いた賄い料理として作られましたが、お客さんが食べたいと言ったため「ライスオムレツ」として提供されるようになったそうです。卵の上にケチャップやデミグラスソース、ホワイトソースをかけたり、卵を半熟にしたり、ご飯をケチャップライスやバターライスにしたりといろいろな食べ方があります。また、ご飯ではなく焼きそばを包んだ「オムそば」という食べ方もあります。今日はケチャップで味付けしたチキンライスを薄焼きの卵で包んだオムライスです。

 10月9日の献立は、はちみつパン、牛乳、たらのパン粉焼き、ボイルブロッコリー、ミネストローネです。はちみつは働き者の「みつばち」が集めた「花のみつ」で作られています。働き蜂の寿命は30日~40日 程度です。産まれてから20日ほどは巣の中での仕事を受け持つため、外で蜜を集める期間は2週間くらいです。一度に集める蜜の量は多くても0.5g程度なので、20日間集めたとすると10gになります。しかし、集めたばかりの密は半分以上が水分のため、巣の中で濃縮されます。よって、実際にはちみつとして完成する量は4g~6g程度で、これはティースプーン1杯分ほどの量ということになります。その間に働き蜂の飛ぶ距離は、約1万kmで東京からサンフランシスコまで、太平洋を横断するほどの距離なのだそうです。花からみつを集めることはとても大変なことがわかりますね。今日はその貴重なはちみつを生地に練りこんだ「はちみつパン」です。

更新日:2018年10月12日 19:05:17