1月28日~2月1日の給食

 2月1日の献立は、鶏五目ごはん、牛乳、いわしの甘露煮、みそけんちん汁、福豆です。節分は各季節の始まりの日の「前日」のことで、「季節を分ける日」という意味があります。季節を分ける日は年に4回あり、春は「立春」、夏は「立夏」、秋は「立秋」、冬は「立冬」と呼ばれています。旧暦では、立春が元日にあたり、節分は今でいう「大晦日」にあたります。昔は季節の変わり目には「邪気」が生じると考えられていて、季節の変わる前に邪気を払う宮中行事が行われていました。災害や疫病などの災いは「鬼」の仕業だと考えられていたため、その鬼を追い払うのに、とげのある「ひいらぎ」に焼いたいわしの頭をつけた「ひいらぎいわし」を玄関に飾ったり、豆まきをして鬼を追い払う行事を行い、無病息災を祈っていました。また、豆まきのあとには、歳の数だけ豆を食べるといいそうですよ。今日は節分の福豆を出しました。

 1月31日の献立ははちみつパン、牛乳、たらのこんがり焼き、大根と水菜のサラダ、ファイバースープです。水菜はアブラナ科の野菜で、京都が原産といわれています。寒さに強く、野菜が不足しがちな冬場に収穫できることから関西では古くから親しまれてきました。特に京都に冬の到来を告げる野菜として親しまれてきたことから「京菜」ともよばれ、鍋物や漬物に使われてきました。最近はファミリーレストランなどでサラダや付け合せ、炒め物などとしても使われるようになり、いちやくメジャーな野菜になりました。今日は大根と合わせてサラダにしました。

 1月30日の献立は、かて飯、牛乳、きびなごのかりん揚げ、のっぺい汁、りんごです。かて飯は埼玉県の郷土料理です。日本人の主食は米とされていますが、階級や貧富、地域などによって大きな違いがあり、昭和30年代までは大半の日本人が米を常食とすることはできず、雑穀や芋など米以外のものを常食としていた人たちも多かったそうです。昭和も後半になって高度成長期までには米飯が普及しましたが、通常は麦飯で、米だけを炊く白米のごはんは、お正月とお盆、祭りにしか食べず、凶作や飢饉に備えて米を節約するため、かて飯が食べられていたそうです。今は豊かな時代になり、私たちは白いご飯をあたりまえに食べていますが、今日はその時代を踏まえて、「ずいき」という芋がらの入ったごはんです。

 1月29日の献立は、ゆめちからコッペパン、マーガリン、牛乳、くじらの竜田おろしかけ、すいとんです。くじらは昭和の頃は給食によく登場しましたが、今は、絶滅危惧種に指定されているものもあり、昔のように自由に漁ができないため、ほとんど出回っていない貴重な食材です。今日は「いわしくじら」を使用していますが、いわしくじらは体の大きさが18メートルくらいある大きな動物で、大人が11人、たてに並んだのと同じくらいあります。今日は角切りにしたくじら肉に下味をつけて油で揚げ、大根おろしの入ったソースをかけました。また、すいとんは戦後間もない昭和20年ごろ、米があまりなかった時代に小麦粉と水をまぜて作った貴重な食べ物で、人々の心もあたためたそうです。今は豊かになり、野菜や肉なども入れた具だくさんのものになっています。今日は調理員さんたちが1つ1つていねいにすいとん生地を釜に入れ、作ってくれました。

 1月28日の献立は、カレーライス、牛乳、フルーツヨーグルトです。今日は「スキムミルク」についてお話します。スキムミルクは牛乳から脂肪分を除き、粉末に加工したもので、脱脂粉乳ともいわれます。第二次世界大戦が終わり、食糧難だった時代に、子どもたちの成長を支える食材として、学校給食で脱脂粉乳が提供されていました。当時の脱脂粉乳はおいしいものではなかったようですが、昭和40年代に入ると徐々に牛乳に変わり、今はとてもおいしい牛乳が給食で提供されています。今は脱脂粉乳も加工技術も向上しておいしくなり、名前も変わって「スキムミルク」と言われるようになりました。パンやお菓子、料理に混ぜてふっくらおいしくしたり、カルシウムなどの栄養素を強化したりというように、そのまま飲むことはほとんどなくなり、料理の隠し味的存在に変わっていきました。今日はカレーをおいしくし、栄養も強化するために使いました。

更新日:2019年02月01日 12:29:17