2月18日~2月22日の給食

 2月22日の献立は、ごはん、牛乳、かにたま、青菜炒め、ウインナーとレンズ豆のスープです。レンズ豆は新石器時代から作られていたといわれ、昔から食べ続けられてきた植物の一つです。日本では「ひら豆」と呼ばれることもありますが、凸レンズと形が似ていることから「レンズ豆」と名付けられました。レンズ豆は地中海とアジア原産ですが、今ではアジアを中心に広く栽培されていて、9月から10月頃 収穫されます。スープやサラダ、煮物やカレーと幅広く使える食材です。乾燥豆のほとんどは水につけて戻してから使いますが、レンズ豆は水で戻さなくても料理に使えるため、簡単に取り入れることができるのが特徴です。今日はスープに中に入れました。

 2月21日の献立は、地粉うどん、牛乳、わかめうどん汁、大豆のシャリシャリ揚げ、いんげんのおひたしです。今日も6年生が家庭科の授業でたてた献立を採用しました。今日は「大豆」についてお話します。日本では昔から大豆を食べていましたが、大豆はとてもすごい豆なのです。みなさんが日ごろ食べている和食の中には大豆がたくさん隠れています。姿の見える「大豆の煮物」や、「納豆」はわかりやすいですが、大豆を煎ったり、ゆでてしぼったり、発酵させたりと、いろいろな調理をすると、「きなこ」や「おから」「豆乳」「豆腐」「油揚げ」「みそ」「しょうゆ」などに姿を変えます。大豆はそのままでは固く、食べても体に吸収されにくいため、昔の人は工夫し、おいしくして、大豆を活用していました。毎日の給食にも大豆を使ったものがたくさんでています。今日は時間をかけてカリカリになるまで大豆を揚げて、煎ったごま、ちりめんじゃことしょうゆベースの甘辛だれで和えました。

 今日は6年生が家庭科の授業でたてた献立を採用しました。今日は「キムチ」についてお話します。キムチという言葉の起源は「野菜の塩漬け」を意味する「沈菜(チムチェ)」が長い年月のうちに変化して「キムチ」として定着したといわれています。初期のキムチは単純に野菜の塩漬けでしたが、12世紀ごろから香辛菜類が加わって、独特のキムチの味を出すようになり、18世紀になると唐辛子や塩辛も使うようになりました。19世紀になると結球白菜の栽培が普及し、現在の韓国キムチになったそうです。今日は白菜キムチを使い、豚肉、にんじん、にら、たけのこも入れてキムチチャーハンにしました。

 2月19日の献立は、ごはん、牛乳、ハタハタのから揚げ、おでん、白菜のごまあえです。「ハタハタ」は古語では雷の 擬声語で、現代の「ゴロゴロ」にあたるそうです。秋田県で雷の 鳴る11月ごろに獲れることから「カミナリウオ」の別名でもよばれ、漢字では魚編に「雷」で「鱩」と書きます。また、冬の日本海の荒波の中で獲りにいくことが多いことから「波多波多」と書くこともあるそうです。昭和40年代までは秋田県で大量に水揚げされ、きわめて安価で流通していたことから、一般家庭でも箱単位で買うのが普通でした。冬の初めに大量に買ったハタハタを、各家庭で塩漬けや味噌漬けにして冬の間のタンパク源として利用していたほか、ハタハタを塩漬けにして発酵させ、その液を漉した「しょっつる」と呼ばれる魚醤を使い、ハタハタ、野菜、豆腐などを入れた「しょっつる鍋」は、秋田県の郷土料理として親しまれています。今日はハタハタに下味をつけてでん粉をまぶし、油で揚げた「ハタハタのから揚げ」です。

 2月18日の献立は、ツイストパン、牛乳、鶏肉のトマト煮、パスタスープ、ぽんかんです。ぽんかんはインド北部が原産地で、日本へは明治時代に入ってきました。1896年(明治29年)に台湾総督府より鹿児島県に苗木がもたらされたのが最初といわれています。甘みが強く、酸味は控えめで、果肉がやわらかく果汁の多い、香りのよい柑橘です。皮は手で簡単にむくことができ、じょうのう膜(薄皮)が薄いので袋ごと食べられます。ポンカンは12月頃から出回りはじめ、3月頃まで続きますが、2月頃が一番食べごろです。今日は少しサイズの小さめなぽんかんです。

更新日:2019年02月25日 14:07:18